前回のコラムより、またしても瞬く間に時が過ぎてしまった。日本代表はアジア五カ国対抗で三連覇を達成して、2011年ラグビーワールドカップの出場権を獲得し、6月のパシフィックネーションズカップ(PNC)では、フィジー、サモアに遠征し、フィジーに惜敗したものの、サモア、トンガには勝利。過去最高の戦績を残して、2010年春・夏シーズンを終えた。スクラム、ラインアウトなど、セットプレーの充実は頼もしいが、攻撃面では相手を崩し切ってトライを奪うスタイルが磨かれておらず、課題を残した。
PNCが終了した2週間後、僕は、ニュージーランドのオークランドへ向かった。7月10日に行われたトライネーションズ(南半球三カ国対抗=ニュージーランド、オーストラリア、南アフリカ)を現地より放送するJSPORTS解説者を務めるためだ。このツアーは、ラグビー愛好家の皆さんと同行するもので、同じ趣味を持つ者同士、ラグビー王国の空気を胸一杯に吸い込んで楽しむことができた。ただし、試合内容だけは不満があった。
10日の開幕戦は、現在世界ランキング1位のニュージーランド代表オールブラックス対2位の南アフリカ代表スプリングボクスという注目カード。緊張感ある接戦を期待したのが、内容はオールブラックスが素晴らしいパフォーマンスでスプリングボクスを翻弄した。オールブラックスファンの多かった参加者のみなさんは大喜びだったのだが、僕は、スプリングボクスの不甲斐なさに憤っていた。
この試合に期待したのは、互いが質の高い攻防で観客をうならせる最上級の試合だったからだ。オールブラックスのランニング、パス、キック、瞬時の判断は、どれも美しかった。しかし、スプリングボクスの動きは鈍かった。全員がプロフェッショナルの選手としては、観客に失礼なほど不甲斐ないプレーだった。
ここで少しサッカーの話を書きたい。サッカーのワールドカップはスペイン代表の優勝で幕を閉じた。僕も主要な試合は見ていたし、決勝戦は、オークランドの空港で飛行機に搭乗する直前までテレビ観戦していた。一流のスポーツ選手のパフォーマンスは美しい。相手のシュートに頭から飛び込んで防ごうとするイングランド選手、相手のシュートを顔面で受けても平然としてるドイツのディフェンダーには感動もした。このあたりに胸を打たれるのがラグビー派の特徴と指摘されればその通りなのだが、相手の手が顔に軽く当たった程度でものすごく痛がったり、過剰に審判に抗議する姿は、どうしても好きになれない。
7月14日付の朝日新聞紙上で東京大学名誉教授の蓮見重彦さんがワールドカップの感想を語っていた。「運動それ自体の美しさ、ウソとしか思えない驚きの瞬間がピッチに出現する。それこそがサッカーの最大の魅力です」。その通りだろう。しかし、ラグビーというスポーツにもサッカーと同じような魅力があるはずだ。激しく身体をぶつけ合い、いつどこからタックルされるか分からない状況のなかで、瞬時の判断でパス、キック、ランという多種多様な技術を駆使し、チームメイトと連携して相手ゴールまでボールを運ぶ。その流れるようなボールの動きが見る者を魅了する。そういう意味では、スプリングボクスを圧倒したオールブラックスは激しだけでなく、美しかった。
翻って日本代表はどうだろう。PNCの日本は過去最高の戦績を残した。しかし、美しかったか? と問われれば、そうではない。また、蓮見さんが同じコラムの中で語っている「運動する知性」についても十分に発揮できていなかった。蓮見さんは、サッカー日本代表が、無言のうちに質の高い連携を達成したゴールについて、その「運動する知性」を賞賛している。同時に、決勝トーナメントを勝ち上がるには動物的なものも必要だと語る。
その言葉はラグビーにも当てはまる。動物的な動きに関して、日本は、オールブラックスやスプリングボクスといった運動能力の高い選手が揃う国にはかなわないのが現状だ。だとすれば、知性の部分で対抗するしかない。しかし、今の日本代表はここが練り上げられていない。だから、試合内容がスッキリせず、感嘆符のつくトライが少ないのではないか。そんな気がするのだ。日本代表は、来年のワールドカップの一次リーグでオールブラックスと同組になる。彼らからどうトライを奪うのか、各選手にその感覚が共有され、胸のすくトライが生まれる過程を歩んでくれることを願いつつ、来年のワールドカップまでの日本代表を見ていきたいと思う。