9月7日より、第6回ラグビーワールドカップ(W杯)がフランスをホスト国に幕を開ける。日本代表は、8月12日、大会準備のためイタリアに入った。ここでイタリア代表などとの試合を行い、万全の態勢でフランス入りする予定だ。
8月7日、千葉県の日本エアロビクスセンターでの強化合宿を取材した。そして、前日にW杯一次リーグの1戦目と2戦目のメンバー分けが行われたことを知った。日本の初戦は、9月8日のオーストラリア戦、次は、12日のフィジー戦だ。中3日という強行スケジュールは、日本が一次リーグB組で最下位に位置づけられていることを意味する。つまり、強豪国優先の日程の煽りをくっているのである。
格闘技的要素の強いラグビー、特にW杯のようなトップレベルでは、中3日では疲労は回復しない。そこで、致し方なく2チーム制を採用することになったわけだが、1か月前のチーム分けというのは、日本人に適した方法だという気がする。
ふと、かつての早稲田大学ラグビー部の選手を思い出した。昭和56年12月の早明戦に出場した渡邊隆さんのことである。大学からラグビーを始めた彼は、不器用な選手だった。しかし、名将・大西鐵之祐監督は言った。「天才は、たくさんいらないんです。勝てるチームを作るときは、一つのことをせえと言ったら絶対やりよる人間が必要なんです」。渡邉さんの仕事は、明治の巨漢FWの中心だったNO8河瀬を止めることだった。
メンバーが決まると、渡邊さんは寮のベッドに専門誌から切り取った河瀬のピンナップを貼り、彼を倒すことをイメージしながらひたすら闘志をかきたてた。その想いは歴史的勝利となって結実する。日本代表の選手達も今、それぞれが戦う選手達をイメージしながら準備を進めているはずだ。
日本の文化を理解しようと務めるジョン・カーワンヘッドコーチは、イタリアへ出発する前の記者会見で、宮本武蔵のことを話した。
「彼の戦いの哲学は相手の手の内を理解するということです。敵を理解すれば勝つチャンスは増える。最後の1か月は相手を理解することに費やしたいと思っています」
僕が大学時代、恩師の・坂田好弘監督に言われた。「宮本武蔵を読め」。多くの部員がその言葉に従って吉川英治著の「宮本武蔵」を読んだ。本当に理解できたかどうかはあやしいが、戦う者の心構えや哲学を少しは学べたと思う。
日本代表はW杯で史上最高の戦績を残すために最後の強化を図っている。選手選考や手堅い戦い方に疑問の声も上がっているのは確かだ。春の戦いでの得点力不足は深刻でもあった。けっして、称賛の声ばかりではない。しかし、こちらがどんな疑問を投げかけようと、ジョン・カーワンは揺るがなかった。
吉川英治の著書に出てくる一節をふと思い出した。
『波騒は世の常である。波にまかせて、泳ぎ上手に、雑魚は歌い雑魚は踊る。けれど、誰が知ろう、百尺下の水の心を、水の深さを』
日本ラグビー界の未来を背負って立つジョン・カーワンにだって、誰にも打ち明けていない考えがあるだろう。彼なりの勝算もあるはずだ。それが世界の大舞台で結果に結びつくことを祈りたい。